琉球民話絵本「日秀上人」を出版しました。

去年の6月より進めてきた絵本がやっと出来上がりました。
これまで、いろいろな困難もありましたが、出版にこぎつけたのはとても喜ばしいことだと思っております。
これも、偏に、これまで協力して下さった皆さんのお陰だと心より感謝の気持ちでいっぱいです。

さて、この絵本が生まれた経緯を絵本の「あとがき」を引用しながら紹介させて頂きます。

↓ここからは、「あとがき」の文章となります。  

 私がこの絵本を出版しようと思ったのは、これまでの人生の中で、この「金武」という場所が、私にとって、ゆかりがあることに気づいた事が、間接的なきっかけになっています。
 たとえば、私は作家であるとともに、グラフィックデザイナーという肩書きも持ちあわせています。実は、この「金武町」の町政要覧を二度も手がけたことがあり、当時としては、非常に稀なケースで、私自身も驚きました。
 その事があって以来、おそらく、私の先祖、あるいは前世で、この地に何か関係があったのではないか、と、しだいに思うようになっていきました。ところが、よく考えてみると、その幸運な出来事は、私がこの「金武観音寺」に通い始めた(今から約二十年前)後(あと)の出来事だったのです。その時は気づかなかったのですが、もしかしたら、寺からの私に対する何だかのメッセージがその頃から既に送られ続けられていたため、「町政要覧」の企画コンペで二度も選ばれたのではないかと思っております。もしそうだとしたら、その出来事が金武の事をもっと勉強しなさい、というメッセージだったのかもしれません。結果、私の脳裏には、金武町の文化や産業等の輪郭がある程度、刻まれている事も確かです。
 そんな中、「金武観音寺」を建てたのは、地元沖縄の方ではなく、本土から海へ出る修行の途中、金武の浜辺に漂流してきた「お坊さん」だということを知りました。その「お坊さん」こそが、日秀上人だったのです。
 気がつくと、私は、日秀上人について調べる行動をとっていました。インターネットや図書館など、さまざまな手段を使って、寺の建立エピソードを調べていきました。すると、「おっ、これはいい話だ!是非、この話を絵本にしよう。そして、子供たちをはじめとする、いろいろな方々に、伝えなければ…」という、漠然とした思いにかられました。そう、そんな自然の流れの延長線上に、この絵本が生まれる理由があったのです。
 やはり、日秀上人のエピソードは、金武町だけの大蛇伝説だけに止めておくのではなく、首里王府に招かれ、寺、神社の再興に尽力した事も含めて、後世に伝えなければ…と思い、絵本の構成を考えました。
 そしてまた、金武観音寺の社寺建築の特徴も紹介したく、本の最後に資料編を設け、紹介記事も挿入しました。
 この本は、単なる偉人伝ではなく、日秀上人にまつわるエピソードを出来るだけ網羅する事をコンセプトにしています。
 今こうして、日秀上人の主な功績を「絵本」出版という形で、世の中に伝えていける事に、私自身、この上ない喜びを感じております。
 最後に、この本を出版するにあたり、イラストを引き受けて下さった友利恵美子さん、校正をして頂いた根間さん、取材に快く対応して頂いた金武観音寺の住職さんをはじめ、ご協力頂いた全ての皆様に心から感謝申し上げます。ありがとうございました。

↑ここまでが、あとがきの文章です。長文を読んで下さりありがとうございました。

 ところで、この絵本は、初版限定200冊しか発行しておりません。ですから、本に興味がある方、あるいは購入をご希望の方は、お早めに、弊社まで連絡頂けると幸いです。(基本的には、金武町にある2つの書店で販売することから始めていく予定です)
 この絵本を一人でも多くの方が手にとって頂くとことを心より祈っています。どうぞ、宜しくお願い致します。

 

 

金武観音寺を建てたお坊さん「日秀上人」

上記が作成したチラシです。左上の赤い円内にマップコードも入れてありますので販売書店をカーナビからも確認できます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です